フルヒト








「ライナー!」
 第57回壁外調査が切り上げられ、調査兵団はカラネス区に帰還した。
 負傷者はすぐに兵団の医療室へ送られる。ライナーもその中に含まれた。
「ライナー!」
 心配なのは分かるが、新兵の分際でそれだけ大声をあげながら入室してくるってのはどうなんだろうあれ同期のナンバー3なんだけど、とジャンは笑えない気持ちだ。
「誰だよベルトルトに教えたの」
 既に身体の検分を終えたライナーが、脇で付き添っていたジャンに軽い調子で言う。ジャンしかいない。
 ジャンとしては気を利かせたつもりなのだ。
 ライナーとベルトルトが同郷であることは104期生で知らない者はいないし、実際ベルトルトはその必要が無い限り殆どライナーと一緒に居たのはジャン自身よく見ていた。だから、ライナーが女型の巨人と接触し、本人はピンピンしているが一応医療室送りになったことをベルトルトに伝えて欲しいとすれ違った同期生に頼んだ。
 それがまさかこんなに慌てて来るとは思っていなかったのだ。
 静かにするべき所だろう普通、医療室って。
「ライナー、ライナー大丈夫?」
「ああベルトルト、心配するほどのことじゃ――」
「……ライナー…?」
 快活に応えるライナーに対し、聞いたことの無いベルトルトの声音にジャンは嫌な汗が出た。
 仲間が巨人と接触し怪我をしたと聞けば心配するのは分かるが、それと同時に壁外調査から生きて帰ってこられたと安堵するのが自然と思われるこの状況で、なぜそんないぶかしむ様な声が出る?
 それに仮にも自分達は訓練兵として三年間同じ環境にいたはずなのに、ベルトルトのこんな声も貌も初めて見た気がした。
「あ、えっと俺、報告に行ってくるわ!じゃあなライナー!ベルトルト!」
 ばたばたと兵士らしからぬ足音が遠ざかる。
 ベルトルトはそれを聞きながら、低くしゃがんでライナーの顔を覗き込んだ。
 先程までいつもの調子でいたライナーも、ベルトルトの目線に追われて口篭る。
 そうだ今のライナーの目は、あの日巨人に襲われた時のそのものだ。
 ジャンには分かるまい。この男が今どれだけ恐怖を内に秘めているか。
 衝立の向こうではまだ医師が兵士の治療を行っている。
 口だけを動かし「アニだったんだろ」とベルトルトは問うた。
「そうだ」
「それでも」
「ああ」
 それでも巨人の手の中に捉えられたという戦慄がライナーを放さない。
 巨人に襲われ食される恐怖も、人間に屠られる恐怖も、同時に自分達は内包している。
 それらに屈せず今まで戦士でいられたのは自分達が恐怖の一端しか知らぬ子供だったからに過ぎない。
 ではその深いところを撫でられてしまったライナーは?
 だが彼は戦士として戦い、今は兵士たろうと毅然としている。
 ベルトルトはそれがとても淋しい。





















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45話時点で書いていた話でした。
まさかまるっと使えなくなるとは思わなかったよ…。
どうしようかなーと悩んでいたのですが、勿体ないので上げます。
直せば46話を踏まえた話にもできそうな気もしましたが、もー46話がショックすぎてそういうのもできなさそうなんで、そのままです。すみません。