声 、 遠 ざ か り




 草鹿が吉良のことを可哀想だと言った。尤も可哀想と言うのかは分からない、自分は知っている言葉が少ないから「可哀想」と言うのだけれど、と付け足して。
「だってあたしが置いていかれたら生きていけないもん」
 自分の全てである人に置いていかれては、生きていくことも絶望の果てに死ぬこともできない。
「剣ちゃんは置いていかないよね?」
 そう言った少女の瞳には淀みが無かった。
 更木は溜息を吐く、自分が考えてもいないことを脅しのように言うのは止せと。

 旅禍の尸魂界侵入より連鎖して起こった大なり小なりの事件において、非難されるべき行動をとった護廷隊長格の死神は数あれど、殆どは厳重注意のみで済まされ瀞霊廷ないし護廷の建て直しが最優先された。
 そういう甘い態度を取っているから今回のような厄介事が起こるのだと更木は思ったが言いはしなかった。更木自身本来なら牢に放り込まれてもおかしくない単独行動をとっていたという自覚は持ち合わせている。今回は幸運と思うことにした。
 そんな特別措置の多い中、三番隊副隊長の吉良だけが一番隊と高等司法局に査検された。本来措置を受けるべき護廷の人間への見せしめかのように、吉良への対処ばかりが通常通りであった。
 十番隊隊長日番谷冬獅郎の報告では吉良は藍染達に従っていたという話だったが、放置された吉良を見るだに藍染にとって捨て駒だった事は明らかである。
 公正な態度を崩さぬ平素の吉良を知っている者なら、大方上司である市丸に何かを言われ吉良はそれに従っただけであろうことは容易に想像がつく。
 査検の間、吉良は自分を弁明するようなことは何一つ言わなかった。「騙されていた」と一言でも言えば局はすぐにでも彼を解放し、元の役職に戻したであろうに。
 諦めた司法局は彼を自室に戻し、沙汰を言い渡すまで謹慎処分とした。

 更木は市丸と比較的気が合った。
 隊長同士の接触が多ければ隊長に付き従う副隊長も自然とそうなる。吉良と草鹿も例外に漏れず、会う度に他愛の無い話をするようになっていった。二人で市丸と更木の会話を黙って聞いていることの方が多かったが。草鹿に至っては、苦手なデスクワークを時折吉良に相談しに行くこともあった。
  吉良が謹慎の間、ただでさえ滞りがちな十一番隊上位席官によるデスクワークはより一層かさむかもしれない。更木がそんなことを考え欠伸をしていると、さっきまで三席と鬼事をしていた副官の少女は突然したり顔で言った。
「今日はきららんと一緒に寝てあげよう!」
 きららんとは三番隊副隊長のことか、と更木が考え付くのに数秒を要した。
 草鹿の言う通り吉良が「何もできない」状態であったらとりあえず死にはしないだろう。吉良の市丸への従順ぶりを知っている人間は、あの痩せぎすが精神的に行き詰まりはしないか心配していたが。
 それでも少女は吉良が気に掛かるらしい。

 その夜、更木の部屋に奇妙な客人が居た。草鹿が共寝すると言っていた吉良である。
 吉良は粛々と更木に向かって頭を下げる。
「本当に申し訳ありません」
「まぁ…お前さんも迷惑だったろ」
「いいえ」
 吉良の話によると、草鹿は予定通り三番隊副官室を訪ね、早々に睡魔に襲われ布団に包まった。吉良が夜風を入れつつ外を見ていると草鹿がいつの間にか目を覚まして吉良を凝視していた。草鹿にどうしたのかと尋ねると、急に更木に会いたくなったから戻ると言う。自分は謹慎中であるから送ってはいけないが気を付けて、と吉良が告げると
「何言ってるの!きららんも一緒!」
と強引に連れてこられたらしい。
 その草鹿はとうに更木の布団を占拠し、再び静かな寝息を立てている。
「謹慎中だろ、まずかったんじゃねぇのか」
「はぁ…夜も更けましたし、あまり騒ぎ立てて抵抗するのも気が引けまして。謹慎も一応廷内での移動は制限されていませんから。ですがもう戻ります」
 吉良に監視が付いていることは吉良が来てすぐに気付いた。気配がする。吉良が早々に退室しようとするのもその所為だろう。
 市丸がこの副官を大事にしていたのは確かだと言うのに、吉良も市丸に全てを預けていたのに、二人の道は別たれた。
「廷内で動けるんだったら、たまには顔を出してやってくれ。こいつが喜ぶ。副官室に居なかったら俺の部屋かウチの詰所に居るからよ」
 吉良は少し驚いたように眼を開いたが、すぐ仄かに笑んだ。
「お気遣いありがとうございます」

 生きることも、絶望の果てに死ぬこともできない。

 草鹿の言葉が頭を過ぎる。その言葉が相応しいと思える笑顔だった。
 恐らく草鹿もこの顔を吉良の部屋で見たのだろう。