白い頬に触れた。
「生きとれよ、イヅル」
優しい色の髪に触れた。
「生きとって」
この言葉が市丸にとって最後の賭けだった。
一番隊と高等司法局による吉良の査検が終わり、沙汰が下るまで自室での謹慎を申し渡された三日後の夜、突然三番隊副官室に草鹿が訪れ泊まりに来たと言って吉良を驚かせた。
更木の許可はとってある、夕餉も済ませてきたし風呂にも入ってきた、今日は泊まらせろと。
隠密機動の監視が付いている今、吉良は自分の近くに人を寄せたくなかった。草鹿が恐らく吉良が落ち着くまでを見計らって尋ねてきたのだろうと、有難くも自分を心配してくれているのだろうとは思ったが、吉良と一緒に居る限りは当然草鹿も監視対象となる。 そう教えたくとも吉良から監視のことを告げることは許されておらず、言葉を濁すしかない。
「一緒に寝るだけだもん、いいでしょ?」
「えっと…」
草鹿のこの言い方は監視を容認するという意味か、と吉良は察知した。
にっこりと笑って草鹿に言い寄られては、部屋に招き入れるより仕方が無い。
吉良の自室には布団は一組しかあらず、どうしたものかと思ったが草鹿は最初から同じ布団で眠るつもりだったらしい。
「大丈夫、あたしは小さいしきららんは細いし!十分十分」
それはそうかもしれないが。
吉良は淡く笑うと、草鹿に布団を敷くのを手伝ってくれるよう頼んだ。
小さな寝息が一つ聞こえる中、吉良は草鹿を起こさぬよう布団から這い出し僅かに障子を開けて夜風を入れた。
生きていろ、と彼は言った。置いていくくせに。
彼が居ないなら自分にとって生きることも死ぬことも意味を持たない。それを知っているくせに。
生きていろ、と。
それだけ告げると彼は黙ってしまい、それはまるでせめても彼が謝りたがっているかのように吉良には思え、自分もそれきり声を閉ざした。彼が自分に謝る必要は無いのだ、吉良は自身の意志で市丸に従っているのだから謝られる筋合いは無い。
何も残してはくれなかった。
けれど想うことは許してくれた。最後に彼が見せた背中を、想い続けることだけは許してくれた。
それだけで彼の言葉を護れると思った。
「市丸隊長」
彼が居なくなって初めて呼んだ。これ程彼を呼ばなかったのは彼の下に就いてから初めてのこと。
喉の奥が熱くて窒息してしまいそうだ。
生きていろ、と彼は言った。置いていくくせに。
生きていろ、と。置いていったくせに。
けれどまだ吉良はこれまでのようにそんな自分の私情などどうでもいいと言うことができる。自分が護るべきは市丸、尊重するべきは彼の意志とその進む道で、このような自分の感傷は必要無いと、まだ、言える。
彼の紡いだ言葉に指先を掠める程しかない幽かな望みを彼自身が縋り賭けていることを知っている吉良は、希望が残された惨酷さに酷い眩暈を覚えた。
「市丸隊長」
もう、呼べない。
|