残響時間








 これで彼を名前で呼ぶ者は居なくなる。
 自分ときたら、この張り巡らされた策略の果てに思うのはそんなことだ。
「イヅル」
 もう彼の二親以上に彼の名を呼んでいる。自分はそのことがとても嬉しい。
「イヅル」
「はい」
「ボクに何ぞ言うことあるんやったら今のうち言っといて」
 言いたいこと、そんなことは今更聞かなくても充分過ぎるほど分かっている。
 あれほど自分について来ることを望んでいた彼を今置いていこうとしているのだから。
 だが彼と会う大分前に定めてしまった己の意志の為に、自分はどこまでも彼を傷付けるのだろう。彼の望みを知っているのに叶えてやることもできないで。
「名前、を」
「ん?」
「名前を呼んで、頂けますか」
 ああ全く、泣いてしまいそうだ。
「イヅル」
「……………」
「イヅル」
「………あの、」
「イヅル、お返事」
「…はい」
 白い頬に触れた。
「生きとれよ、イヅル」
 優しい色の髪に触れた。
「生きとって」
 憔悴しきりもう何も告げられそうに無い吉良を残念に思いつつも、自分はその言葉を最後に中央四十六室を後にした。

 あの時押し黙った君の手が震えていたことを自分は知っている。それは恐怖故か怒り故か悲愴故か絶望故か、この暗闇では答えなど見えず。
 それでも未だ、自分の中に残るものがある。それがある限り自分はこの暗闇の中でも何も見失わないでいられるだろうと思う。

 置いていかないで
 声になることを許されなかった君の願いは遠い残響になって、終ぞこの心を離すことは無い。





















――――――――――
元々この話は少し違うエピソードで漫画にする予定だったのですが、色々な要素を詰め込んでしまって収拾つかなくなってきたので(私にとってよくある話です・苦笑)ちょっとこういう風に吐き出してみました。
書いてるうちに「声、遠ざかり」の文とリンクしてしまいました。あれー。