机越しに








 隊員の制止も聞かず五番隊の隊主執務室を豪快に開ける者があった。
 つい最近まで五番隊副隊長を務めていた市丸である。
 三番隊隊長として栄転した身だ。通常なら過去の部下が上官に挨拶に来たと思ってもいいものなのだが表向きそこまで仲の良い上下関係では無かったし、実際も仲が良いわけでないのでこの来訪は目立ったろうなと藍染は少々面倒に思う。
 目立つのは宜しくない。自然で穏やかな日常が一番だと思っている。
 それにしても市丸が不機嫌を隠そうともしていないものだから隊員達はその霊圧が怖ろしく近寄れもしなかったのだろう、開け放たれた扉から見えるところに五番の部下の姿は見られなかった。
 今日は残業になるかもしれない。
 そろそろ市丸が来る頃だろうと思っていたし実際その通りになったわけだし、いつもならそういうことを思ったらそのまま口に出して言ってしまう質であるのだが今回ばかりは黙っておいてやろうかと藍染は思った。
「イヅルに振られてんけど」
 ああやっぱりね。
 藍染はにっこり笑うだけにしておいた。
「そろそろイヅルをボクにくれてもええ頃や言うたんオッサンやないか。どういうことやねん」
「吉良くんからは何て言われたの」
「『お申し出は大変有難いのですが、生憎と四番隊への移動が決まったばかりです』」
「それはそれは、残念だったね」
 市丸は細い目を一層鋭く睨んできた。
「だって仕方が無いじゃないか。霊力を回復に変換できる傾向のある子は素質があろうと無かろうと四番で経験をつけさせるのが慣例になっているわけだもの」
 本人が強く望んだり斬魄刀の能力如何に寄っては四番から他隊への移動も可能であるが、護廷もひと数の多い組織である。そうそう移動ばかりさせていられるわけがなく、一度隊に入ったら五年はそこでやっていくと思わねばならない。
「そんなに目立ってたわけでも無いんや、イヅルの霊圧に気付いとったからってオッサンが黙っとりゃ済む話だったんやないのか」
「嫌だよそんなおっかない。それとも何だ、ギンが卯ノ花隊長の矢面に立ってくれるわけ」
 それはさすがの市丸も御免被りたいというのが正直なところだ。
 山本総隊長に次いで護廷で長い卯ノ花隊長の底の知れぬ怖ろしさは一度覗いたら心的外傷となると上位席官クラスでは専らの伝説である。
 市丸は大きく一つ溜息を吐いた。
「まぁ吉良くんは優秀だからねぇ。斬魄刀の向き不向きは差し引いても真面目にやるだろうから評価が高くなるのは明白だし、五年も居たら席官になっちゃうかもね」
 三番で新しく隊を背負って立つのと同時に吉良を手に入れられなかったことだけでなく、市丸はそれが気に食わないのだ。
 四番隊は任務内容が特殊であるが故に適正判断がはっきりしている。
 そこで一度それなりの地位を手に入れてしまうと、上位席官であればあるほど他隊へ移動してからはやり辛くなるのではないかと思われるのは当然だ。特に移動先でその部下となるもの達からは厳しい先入観を持たれることになるだろう。
 しかし市丸は吉良のこととなると傍から見ていて滑稽なほど臆病で、恐らく吉良の移動の件を聞いたところで市丸は「頑張るな」とは言えなかったであろうことは想像に難しくなかった。
「大丈夫だよ、さっきも言ったけど吉良くんは優秀だから。彼も一定期間を過ぎれば移動を望むだろうし、君だって引き抜きたいんだろ?上手く納まるところに納まるさ」
「せやかて四番の席官引き抜いたら隊が揉めるん決まっとるやないかっ」
「おやぁ、君はそういうことに無頓着かと思っていたよ」
 それもこれも吉良の為なのだろうか。
「怪我が治せる部下なんて、傍に置いておく格好のお題目になると思うけどね」
 ぴたりと市丸の反論が止んだ。
 はてと思い市丸を見やると霊圧も平常に戻っている。いやむしろふわふわ落ち着きが無くなった。
「へぇー…」
 どうやら元部下はそういうシチュエーションがお好みのようであった。
 世界にはまだまだ知らないことがたくさんあるなぁと藍染は壮大な思想に逃げ、退室の挨拶も無しにスキップさながらの足取りで五番隊主室から出て行く市丸の後姿を見送りもしなかった。
 とりあえずこれであと五年は静かだろう。















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私が藍染隊長と市丸隊長を書こうと思うといつもギャグなんだかシリアスなんだか中途半端な感じになります。
イヅルが元四番隊という公式設定、燃えないでどうするよ!