無題 20100612


 今の市丸からして思えばあの狭い世界はとても好ましかった。
 まるであそこが世界の全てであるかのように思っている者が殆どで壁は白く広く高く規律で雁字搦め、命のやり取りも幾つかあるなか誰にでも等しくどこまでも広がっていたのは空だけだ。
 あそこに戻れるならあの抑揚の無い日々をいくらでも繰り返し、頬杖をついてにやにや笑っていたいと思う。
 そして名を呼べばいつだってあの子が返事をしてくれる。
「はい」
と。
 そんな世界だった。











三番隊隊士の頭痛 20110327


 市丸が吉良を肩に担いで隊舎に戻ってきた様を見て一部の隊員が慌てたようだったが三席が常と変わらず「お帰りなさいませ」と言い些か頭を下げれば市丸も機嫌のいい調子で返事をよこしたので、以下席官もそれに続いた。
 吉良はといえばどこか負傷をしたとか具合が悪いということもなさそうである。
 ただ傍目にも居心地悪そうにしているのとそれ以上に機嫌が悪そうに見受けられた。しかしここに居る誰もが己には手が出せぬ領域であるという自覚がある。
「副隊長、四番隊から書類が回ってきております」
 ところが三席が吉良に声をかけた。
 吉良の影になって三席からは見えなかったが市丸がちろりと視線をやったのが大層怖ろしかったと隅に居た隊員が後に小声で語った。
「そうか、すまないね。机に積んでおいて貰えるかい」
 は、と短い返事をして三席はそそくさと離れる。
「気は済んだか」
「…もういいです」
 どうでも、と付け足すのではないかとはらはら隊員が見守る中、市丸は口の端を上げると吉良ごとどこかへ行ってしまった。
 白い羽織に三の文字が見えなくなった途端、席官は溜息を漏らし平の隊員はへたり込んでしまう者もいる。
 けれど誰も口では何も言わない、隊主が大層な地獄耳であるからだ。瞬歩で移動中だとしてもどこに耳があるのか分かりゃしない。
「こんにちは」
「これは、伊勢副隊長」
 八番隊副隊長がわざわざ足を運ぶような案件があったかと席官がすわ背筋を伸ばす。
「隊長副隊長に御用でしたら申し訳ありませんが只今席を外しておりまして」
「ああ、えっと吉良副隊長がご無事ならいいんです。さっき八番の隊員から、 隊舎へ戻せという怒鳴り声が聞こえてそれがどうやら吉良副隊長のようだと相談されて」
 どうしたものかと思ったのですがお戻りになられたのですね、と伊勢は吉良の霊圧を感じ取ったのか言った。
「はぁ、まあ」
 通常副隊長にこのような煮え切らない対応をしたら首を切られても文句は言えないが伊勢もそれならば良うございましたとそれだけ告げて会釈して行ってしまった。