回雪の袖








「しー、んー、ちゃん」

「誰のことよ」
 霊…じゃなかったスタンドの少女は自分の後ろを歩く生身の男が覇気無くしかししっかりと呼ぶ声を耳にして振り返った。
 今は半被を着る男は覇気無く笑ってみせる。
「アンタ、生前の姓は高杉とか言わなかったかい」
「よく覚えてないねェ」
「そっか。ああ、悪ぃ悪ぃ。知り合いに似てたもんだから」
 髪が黒くて艶々で、片目が隠れてしまっているところとか。少女の目は大きいので、どちらかというと幼少のままの彼を大きくしたような印象であったが。
「私が?」
 ふうんと少女は納得したような曖昧な返事をした。
「その知り合いは死んでしまったの」
「多分、まだ」
「多分?」
 霊、じゃなかったスタンドの少女は暗い廊下を無音で進む。
「何か不快にさせちまったか。悪い、呼んでみたかっただけだって」
「別に怒っちゃいないよ。何でそんな危なっかしい人を放っておくのか理解に苦しんでいるだけ」
「俺もそう思う」
 何があったのかは知らないが、
「まだ死んでいないなら間に合うんじゃないの」
「そう、だといい」
 少女はこの男が初めて希望めいたものを口に出したことに気付いた気がしたが自分には関係の無いことだと判断し、すぐに忘れた。長い年月を流離っているために記憶の許容量がパンクしている。記憶の優先順位は大事なのだ。
 しかしこの男のことは当分忘れないだろうと少女は思った。例えば今、彼が発した声だとか。





















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「ひょっとしたらその人はもう死んでしまっていて、それが私で、でも私がそのことを覚えていないだけかもしれないね。実は私の本当の名前はシン、か。悪くないじゃない」
「………」
「傷ついた?だったらそんな危なっかしい人放っておくもんじゃないよ」
「…アンタ本当に晋ちゃんじゃないんだよなぁ?」
「なぁに、そんなに似ているの」
「そうだね、気付かれたくない核心ついてくるあたりね」
「強い人なんだ」
「ああ」
「でも危なっかしいんだ」
「うん」
「幽れ…スタンドになるような念なんて残さないように生きなさいってアンタの知り合いって人にも言っておいてあげてよ、ギン」
「どうかねぇ、あいつ昔から俺の言うことなんてちぃとも聞きゃしないよ」