ライラック |
その日はついていなかった。 仕事をしくじり雨に降られ、何とか雨だけでもしのげないかと路地裏に入ったところで奇ッ怪に光る店を見付けた。 ショウウインドウの中では子供くらいの大きさをした人形が飾られている。 男はその人形を知っていた。「観用少女」。昔この街で貴族の愉しみだったという、生きた人形だ。 ふとショウウインドウの影に居る、他の人形に比べて地味な身なりの人形に目がいった。地味と言っても身に着けているものは最高級品だ。ここはそういう店である。 「どうぞお入り下さい」 店の戸が開き、若い男が声を掛けてくる。 「いや、俺は」 到底客になる人間じゃない、と続けようとしたが「雨宿りにお使い下さいませ。お茶くらいはお出ししましょう」とまで言われるとふらふらと店の中に足を踏み入れてしまった。 店の中は適温で、雨に濡れたスーツなんて放っておいても乾きそうに思えた。独特の香のかおりがする。相変わらずだ。 「『観用少女』は初めてで?」 茶と、雨を拭くタオルを出しながら店員が問う。 「いや、…知人の家で、見たことが」 「然様でございますか」 店員はふっと笑った。 店の中には観用少女達が何人と居るのに、彼女達は瞳を開けることもなく静かなものだった。 温かい茶に、つい口が緩んだのだ。 「ショウウインドウの、端っこのは」 「おや、お気になられる」 店員がその人形を抱えて、手近な椅子に座らせた。 やはり人形は身じろぎ一つしない。 「『観用少女』の職人が戯れに作った、少年型でございます」 髪が短いもの装いが簡素なのもその為だと言う。 「『観用少女』をご存知の方も、少年型のことはご存知でない方が多いですねぇ。何せ世界に10体と居りません」 「ハ、そいつぁ高いんだろうな」 「ふふ」 店員は筆を取り短冊にさらさらと書きつける。 「…んあ?」 そこには法外と揶揄される観用少女の値段に比べてずっとずっと低い数字が書いてあった。 「少々事情がございまして。この子はこちらのお値段でございます」 もちろんミルクに砂糖菓子、衣類は専用のものが別途必要になりますが――と続ける店員の声がどこか遠い。 「事情?」 「ええ、以前、誘拐されてしまいまして」 がちゃん。 茶器に手がぶつかった。 「帰る」 茶、どうも。 そう言うくらいの平静ぶることはできたようだ。 「またいつでもお越し下さい」 夜の雨は小降りになっていた。 しくじった時に、すぐこの街を離れるつもりだった。 それなのにまたこの店の前にいる自分に、男は深々と溜息を吐いた。 あの人形を見るだけだ。ショウウインドウの隅っこで。 ほんの少し、何なら通り過ぎるつもりでいたのにどうしても『彼』の前で足は止まってしまった。 隣の観用少女にも負けない白い肌だ。 オリエンタルな雰囲気の茶色がかった黒くて短い髪は、日に当たると少し明るく見える。伏せた瞼の睫毛ももちろん同色だ。今は閉じている目の色は―… 「おや、こんにちは」 背後から店員が声を掛けてきた。少し驚く。 「配達帰りなんですよ」 お得意先に観用少女専用の飲料や被服を店員自ら届けることは珍しくないそうだ。 「店開けますね。お茶、飲んでいかれるでしょう?」 そうして男はまた店に足を踏み入れる。 当店はお茶だけの購入もできるんですよ、と店員が笑った。 「お気に召したようで」 そう店員の言うのが茶になのか、あの人形になのかの判別がつかない。 何せ今日で三回目の来店である。 「あの少年型。ずっと寝てるのか」 「観用少女とはそういうものでございますので」 人形が人間を気に入って目を覚まさない限り、長時間起きることも動くことも無い。 「誘拐、されたって?」 「おや、そんなこと申しましたかねぇ」 店員は意地の悪そうな笑みを見せる。 「正確には『攫われた』と申しますか…。人形ですので『誘拐』という言葉は該当しないかと」 「『窃盗』?」 「ええ、大変な損害でしたよ」 でも、戻ってきてくれました。 そう言う店員の顔にはこれまで見たことのない穏やかさがあった。 ここに来てからというもの桃色・黄色、と華美な色の服を着ていたのに、今日の彼の服は落ち着いた紫色をしていたのが余計にそう見せるのかもしれない。 それにしてもあの店員はそれなりに若く見えるが、何歳なのだろう。 今日こそはこの街を出るつもりでいた。 なのにどうしてまた観用少女の店で茶菓子を頂戴しているのか、男は頭痛がしてくるように思えた。 これだけ己の弱さを自覚したのは何年前だったろうか、あれを手放す決意をした時以来だ。 「目が覚める様子はございませんねぇ」 店員は男の目に入る位置の椅子にあの少年型を座らせて顔を覗き込んだ。 「他の観用少女をご紹介しましょうか」 「いや、いい」 「この子の弟がいましたら、見た目は全く同じ子をご紹介できたのですが」 「だからいいって……弟?」 「ええ、職人もどんな酔狂か。この子は『少年型』で、六つ子の長男なんですよ」 同じ職人から生まれた観用少女をわざわざ「姉妹」として売り出すことはまず無く、その点でもこの少年型は特異だと店員は説明した。 「ですが、この子が連れ去られてしまって暫くしてから、弟達も姿を消してしまいました。窃盗犯が再びこの店に入り込んだのだろう、というのが普通の見解でしょうが」 少年型の隣で、表情を落とした店員の顔がこちらを見る。 「お客様もそう思われますか?」 その顔は、その顔は。 「明日、お待ちしております。ぜひお越し下さいませ」 逃げてしまおうと思ったのだ。 実際、夜になってしまっている。 「お待ちしておりました」 店員に招かれるまま店の中に足を踏み入れる。 正面には、椅子に座ったまま目を覚まさない少年型。 逃げてしまうつもりだったのに、それでもこの店に足を向けたのは、お前のせいだ。 「おそ松」 「呼ぶな」 最早店員は柔和な態度を取り繕おうともしない。 「お前、おそ松の『弟』か」 「そうだ。あれから、おそ松が居なくなってしまってから、俺達はその悲しみを糧に『成長』してしまった」 「だけど良かったよ。こうなった僕達はもう人形として売り物にはならないからね」 「ここで待つことも、兄さんを探すこともできるようになった」 「枯れていたら、って考えると不安でしょうがなかったけど」 「お前はおそ松兄さんを捨てた。完全に枯れてしまう前に手放したことだけは感謝しているよ―――東郷」 衝立の裏から同じ顔の青年達が次々と出てくる。 なるほど、立て続けに喋られると声も少し違うかもしれない。 これまで会っていた『店員』は、恐らく毎回違った『弟』だったのだろう。 「俺を取り殺すのか」 「それ、いいね」 緑色の服の弟がけたけた笑う。 おそ松は目が覚めないまま東郷に連れ去られ、東郷と居る間も目を開けることなく枯れかけ、今なおその瞼が動くことは無い。 「お前ら、おそ松が『起きる』ような人間がこの店を訪れても殺すのか?」 「その前に僕達が兄さんを起こすさ」 今はちょっと眠っているだけで、兄さんは弟達が大好きだから、もうすぐきっと目を開いて僕達を選んでくれる。 「それまで兄さんのお世話をするのが今は楽しいよ。とてもね」 「ミルクを飲む時は少し起きてくれるし」 「お前はどうせ兄さんの目の色を知らないだろう?」 その時、おそ松の睫毛がかすかに震えた。 瞼が持ち上がる瞬間が永遠にも思える。 宝石の中で光が乱反射しているような瞬きを湛えた瞳だ。 ――あの色の花を見たことがある。 東郷が考えられたのはそれだけだ。 起きたと思ったのにーと不機嫌な声ながらも末弟は観用少女達の為のミルクを準備する。 |
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東郷さんの行方は、誰も知らない。
初・東郷さんがこんなんでいいのかなー!?
ていうか初・おそ松小説がまさかの観用少女パロだとは…。
F6兄さんの目の色が好きなので、そこだけ引用。