風に言葉を乗せもせず








 様々な木々の香りがするようになったと気付きながら行李に荷物を詰めていると、食満が「色んな草木の匂いがする」と障子の外を見ながら呟いた。
 善法寺はそれが嬉しくていっぱいに微笑んで「そうだね」と声を掛ける。
 戸を開け放していては肌寒いが、そうも言っていられない。
 六年生が卒業し、引越しの季節となった。
 学園中の生徒が寮部屋をそれぞれ移動になる。
 五年生が六年生長屋に移動しないことには五年生の長屋が空かず四年生の移動が適わない。そうなるとその下の学年の引越しが遅れ、更に下の学年そのまた下の学年に疎まれるという怖ろしい連鎖作用が年々起こる。あと数日で六年生になる現五年生の善法寺達も荷造りに必死になろうというものだ。
 さて、と息を一つ吐いてまた目の前の荷物に手をつけようとするとふと担任の教師が入ってきた。
 行李を端に寄せ座するよう勧めたが、すぐ済むと彼は立ったまま話を切り出した。さっき事務員さんに言われたのだがと前置きして。
「一人部屋はどうか、と」
 今度六年生になる生徒は例年に比べても少ない方で、は組などあろうことか善法寺と食満しか残らなかった。
 忍たま長屋は二人一部屋を基準としているが、それでは空き部屋が随分出てしまう。部屋などというものは使わなければ錆びれるだけだ。当人達さえ良いなら六年は組に割り当てられている範囲内であれば一人で部屋を使っても良いとお達しが出たのだ。
「どうかね」
「いえ」
 しっかり答えたのは善法寺だ。
「同室のままで構いません」
 それを聞くと、教師は食満の方をちらりと見やりそうかそんならいいのだと笑って戸を閉めていった。
「邪魔したな」
 さて参った、と善法寺は内心途方に暮れた。
 食満の方を振り返りづらい。
 これまでずっと共に食満と居た。このまま一緒に過ごすのだと何の疑いも無くだが確信していたので、つい一存で教師にああ返事をしてしまった。
普通に考えれば一人で部屋を使う方が広くて良いに決まっている。今こうして考え直すだけでも利点は多々浮かんでくるのだ。
 自分勝手なことをしてしまい怒られはしないか。呆れられはしないか。
 食満と共にいて一番怖ろしいのは無関心でいられることなのだが、今回ばかりは何も見ず聞かずいてくれたらどんなにか良かったろうと伊作は首を擡げた。
「一番日当たりのいい部屋を貰おうなぁ。もちろん風通しも」
 背中に当たる食満の声に、息が止まるかと思った。
「二年の時は西日が入って辛かったから、端の部屋というのも考えものか。どうしたものかな」
「うん」
 教師が閉めた戸を見ながら、努めて明るく言う。
「そうだね、じゃあ南と最低もう一向きに戸があって、西の端で無いところ。木が埋わっててもいいな」
 食満がくすくすと笑いながら荷物を纏める手を再開した。
「そんな都合のいい部屋あるかね」
「探そうね」
 答えると今度は風呂敷を引っ張り出し衣類を重ねていく。
 けれどきっと自分は彼といる部屋がいっとう極上なのだ。
 善法寺は再び障子を開き、流れ込む冷たい空気に一つ身震いした。
 次の部屋にも風が香っているだろうか。