ひ み つ の は な ぞ の 
(に、重大な抜け穴)





「やっなぎセンパァイ!昔女の子だったってホントッスか!?」


部内一の問題児とされるこの感情に素直な癖っ毛の後輩は稀に俺に対しちゃんと見えてるのかだとか不可思議な質問をしてくるのだがしかしそんな摩訶不思議な質問をいっそ無邪気にされた日には俺としても流石に躾けを間違えたのかと思わざるを得ないとネクタイを締めながら思った。ねェねェどうなんッスか?堪え性の無い子供がワイシャツの袖を引いて答えをせがむ。俺は深く息を吐いた。問い、あなたは昔女の子だったのですか。答えなど決まりきっているだろうに。寧ろ質問したいのは此方の方だ。何故あなたはそんな事を訊くのですか。部室の古びたロッカの扉を閉めると錆びた音がする。くるり俺は赤也に向き直り重たい口を開いた。
「…俺は男だ。」
「だっからそれは今の話っしょ? むかァしむかしはどうだったんスか?」
「期待を裏切って申し訳ないが生まれてこの方女だった事無いな。」
手短に息継ぎせず答えてやる。赤也は不平不満を顔一杯にぶちまけたような表情をした(一体何が不満なんだ…)。その頭をやわやわ撫ぜてやっていると、不意にダブルスパァトナアだった貞治が脳裏に浮かんだ。
確か奴も初めて会った時、俺を女と勘違いしていた。まあその頃は俺も髪が母の趣味で肩で切り揃えてあったから仕方なかったのかもしれない。今でこそ身長も大きいけれど当時はそのせいもあってか良く間違えられた。中学入学を機に髪は短くしたが俺にとって不名誉には違いなく他人にはあまり知られたくない過去だ。貞治とのダブルスも、もう今は何処にも無いものだから。えと、やなぎさん?よろしく。おれミスクドはじめてなんだ、と頬を上気させて言った貞治の第一印象はそう云えば最悪だったな、と此処に関係ない記憶を芋づる式に思い出して微笑み、はたと気付いた。手を離し、背筋を僅かに曲げて目線を合わせ問いかける。
「赤也、誰にそれ聞いた?」
「え、えぇっと…。」
大きく瞬きする眼はぎこちなく逸らされて、その視線の先にいる人物は代わりににっこり笑んで手を振った。俺も手を振り返す。正し、此方へ来てくれという意でだが。
「…精市。」
「別に嘘は吐いてないぞ。蓮ニは昔、(髪が長くてまるで)女の子だったんだよ、って言っただけだ。」
「………重要な部分が省略されてるようだな。」
悪びれた様子が微塵も無い精市の態度に、はあ、もう一度溜息を吐く。と、袖が引かれ振り返った。赤也が目を丸くして見上げてきていた。そうだ、解ったかお前の早とちりだ。と俺が言うよりも早くその黒い目が光ってたじろいだ。
「髪、長かったんッスか?」
「…………。」
再度息を吐こうとしたが、吐くべき二酸化炭素は既に肺に無かった。改めて息を吸い、吐く。斜め下から刺さる催促の視線から逃れるよに首を巡らせるとうっかり制服に着替え終わった弦一郎と目が合ってしまった。…状況悪化。トラブル発生は嫌いではないけれどこれは分が悪すぎだな。そんな俺の心情を推し量る事などしない弦一郎は躊躇い無く此方に近付いてくる。とは言っても二、三歩の距離だったから会話は聞こえていたのだろう。目が「何故、赤也に返答してやらんのだ。」と言っている。相変わらずくいくいと引かれる袖をそのままに俺が黙っていると仏頂面に眉間の皺が足された。
「あ、真田副部長ぉホントッスか?」
「うむ。そう云えば蓮ニ、昔我が家に来た時空木に、」
俺に対し業を煮やした赤也に訊かれ、腕を組んだ弦一郎が偉そうに答えかけた瞬間俺はその緩んだネクタイ(弦一郎はきちりネクタイを締めない)を思いっきり締めた。ぐおッ、とか何とか呻き声を上げるのにも構わずに力を込め続けると苦悶の表情を浮かばせた弦一郎は俺の手を振り解きに掛かってくる。腕力ではとてもじゃないが敵わないな。諦めて力を抜いた俺の手を引き剥がして、弦一郎は大きく息を吐いた。
「蓮ニ!お前、」
「それは二人だけの秘密という事にしないか弦一郎?」
菩薩微笑と呼ばれる笑みに加え人差し指を唇の前に立てて、それ以上言ったらただじゃ置かない、と言外に含ませて囁く。だが弦一郎はどちらかと言えば「ふたりだけ」という部分がお気に召したらしく口元を僅かに緩ませた(所謂、ご満悦気味という奴か?)。まあ取り合えず俺の過去はこれで守られた、だろう、恐らく。
「でもさ蓮ニ。真田の口だけ塞いでも無駄だと思うぞ。」
さて後は背後で赤也が騒いでいるのをどう処理すべきか考えているとひょこり傍まで寄ってきていた精市が俺と弦一郎の間に割り込んできた。押し退けられた弦一郎が何か言いかけるのを一瞥で黙らせる。此方からは精市の顔は見えなかったが、怯えたように弦一郎は後ずさった。どんな顔してたのだろう。振り返った精市は普段の穏やかな顔だったので俺は知る由は無い事だが。首を傾げつつ、話題を戻して問うた。「それ、どういう事だ精市?」
そう云えば精市も知っていたのだったな、と訊くと、ああお前と乾は有名だったから、と笑って言われた。複雑な気分になりそれでもそうか、と笑い返す。
「自覚ないのは怖いねェ。」
精市は肩を竦め似ていない仁王の物真似をして、やおらまだ着替え中だったり雑談していたりするレギュラ陣を見回した。
「おい、おかっぱな蓮ニを知ってる奴、正直に挙手!」
精市の声が部室中に響き、そして一瞬後その場にいた赤也を除く全員が手を挙げたの、を俺は見て脱力し座り込んだ。まさか此処まで公然の秘密だったとは…予測外だ。膝を付いた俺に精市は、ちちちと指を鳴らし、笑って告げた。

「これが有名税ってもんだろ。」


因みに写真を見せろと赤也が一週間しつこく食い下がってた事を付け加えておく。
勿論、見せる気は無い(往生際悪いぞと精市はまた笑った)。





















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「只管」たにゃか猫目さまより。
私が出しました真柳・幸柳本を(半ば強引に)お送りしましたら、リクエストを受け付けて下さるとのことで、「髪の長い頃の柳の写真を見てしまった赤也と、その周辺の方々」とこれまたマニアックなリクエストをさせて頂きました。
素敵な小説、本当にありがとうございます!
この小説はたにゃかさまのサイトにはアップされてませんので、大変レアです。