「逢引しよう」
咥えたチュッパチャップスが口から零れ落ちそうになるのを止めた自分を褒めてやりたい。
梔子香る雨の午後。 言ってから、柳は番傘をくるくると手の中で回し始めた。
照れてるんかなぁ参謀なりに。可愛らしいじゃないか。
そんな仕草をされずとも疾うに仁王の腹は決まっている。参謀からの誘いを断ったことなどこの詐欺師には無かった。
「ええよ」
軒下に入るよう仁王は柳に手招きしてやる。柳は素直にそれに従い、渡り廊下に立つ仁王に寄った。
「でもやるんやったら徹底的にじゃ」
「ふふふふふ」
参謀は傘を差したまま悪巧みをする時の笑い声を漏らした。
「逃げたいんか」
口をついて出た言葉は多分今の彼に聞いてはいけなかったこと。仁王はらしくない失態を演じた。
だが柳は少し当惑したような顔で首を少し傾げただけだった。
「さぁ。俺はもうとっくに随分遠くへ来てしまったような心地だよ」
ずっとそんなようだと呟いた声は雨に消えた。
仁王は自分の閉じた傘を後ろ手に、素早く彼の朱の番傘に滑り込んだ。
「逃げたいんか?」
今度は殊更疑問符を強くして聞く。
「どこに…誰から」
分からないのか。
湧き上がるこの焦燥に彼は名前を付けられないでいる。
逃げたっていいのだ。帰ってきてくれるなら文句は言わない。いや多分帰ってくるのだろう幸村と真田の所に。
自分のことは、誘って連れて行ってくれる。それで十分だ。
「この番傘の似合う所へ行こう」
「お任せする」
サボったりはしない、しっかり部活動をこなしてからの逃避行。
真田の慌てる顔が目に浮かぶ。
番傘の柄を持つ柳の手を上から包むように仁王は手を添え、傘の主導権を握り走り出した。
後に残るのは梔子の。
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