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山本が足元から視線を逸らすと雨が日を受けて金色に光っていた。
「テュールだよ」
暗殺部隊の子供が言う。
「剣帝テュールが帰ってきた。再び剣を取って」
自分がいつも求めていた雨がもう降らないだなんて考えたことも無い。
スペルビ・スクアーロは一時はボンゴレ暗殺部隊ヴァリアーのボスになる筈だったほどの男であるに関わらず、内外に名が全く知られていない。彼を知るのはヴァリアーと、ドン・ボンゴレに近しい者のみ。そのことに山本は驚いていた。
ボンゴレ内でも下位ともなればヴァリアーの存在すら知らないというのでなるほど表に出ない暗殺部隊とはこういうことかと納得もする。
尤もヴァリアー筆頭のXANXUSは先代ドン・ボンゴレの息子として高名である。他のヴァリアー幹部格もその筋の中では名が知れ渡っている者もおり、これはヴァリアーを知る一部の人間への牽制の役割をしている。
対して、ヴァリアー次席に座しながらスクアーロは名を持ち出されることを一切良しとしなかった。
見た目は目に付きやすいし性格は派手な方だと思っていたけれどそんな経緯を聞くと彼はやはり暗殺者なのだなと思う。
もし彼が名を晒すことがあるとしたらそれはXANXUSがボンゴレ十代目に就任しスクアーロが雨の守護者となった時だったのだろう。
彼が自身の存在をひた隠しにするのは彼の上司の為であることは明白なのだがそれはこの際いい。
社交界での顔も持つボンゴレ十代目とその側近となるとそれなりに多忙になり、ヴァリアーと直接接触することは低くなった。十代目となった綱吉は稀に幹部格を呼び出し任務ついでに会話を交わすこともあるらしいが、守護者ですらそういった場面に出くわすことは不思議と無い。
挙句スクアーロの存在すら匂わせないこの組織構造ともなれば今彼はどこで何をしているのか自分は分からないし、知ろうとしなければ万が一に彼が死んだ場合も自分はそのことを知らないままだ。山本は溜息を吐きたくなった。
死んでいるのではないかと心配してたなんてことが知れたら彼は盛大に怒るだろう。とにかく一週間後には久々に稽古をつけてもらう約束をしている。それを思うと少し気が晴れた。
ボンゴレには二大剣豪が居ると噂が立つようになったのは山本がスクアーロの剣技を継承して二年が経過した頃だった。
一人は時雨蒼燕流・山本武。
山本は十代目に付き添い顔出しはかなり多く、そのこともあって山本の名は広まりやすかった。
そんな噂が流れているとは山本自身はかなりの間知らないままで、知った後も自分のことがそんな風に人の口に自分の名前が上ることが不思議だった。だが父ともう一人、自分に剣技をくれたスクアーロの為にこの評価があると思えば少し浮かれるくらいの気持ちも生まれた。
「二大剣豪」、ところでもう一人は誰なのか。
スクアーロを知る者が二大剣豪の噂を聞くと、その内の一人はスクアーロだと信じて疑わなかった。しかしこれまで今頃になって彼の存在が露見するようになるものだろうか。
そんなことを考えずとももう一人の名もあっさり知れた。
剣帝テュール。
過去に剣帝と呼ばれた男がヴァリアーに帰還したというのを山本が知ったのはその時だ。
テュールは往年と遜色ない威厳と強靭さをなお振るっており、彼の以前を知る者は以前のように彼を知らぬ者も彼を崇め周囲は自然と「剣帝」と彼を呼ぶ。
剣帝はXANXUS同様その名や顔を出すことにやぶさかではなく、だから剣豪として知れ渡った。
ならばスクアーロは今まで通り名を出さないのだと思うと安堵するのが山本は自分で分かる。彼は変わらない。
自身の知らないところで自分が噂になっているというのは可笑しな気がしたが、また自分が全く知らない者と共に噂の渦中にいるというのは奇怪と言えるんじゃないかと山本は苦笑した。
とはいえ剣帝、スクアーロがヴァリアー入隊時に倒した当時のヴァリアーのボス。剣を振るうことが可能なら何故形を潜めていたのかそして何故今剣を振るう気になったのか山本としてもそれなりに興味がある。
山本はスクアーロに直接連絡先を教えて貰っておらず、以前から稽古の約束を取り付けるのも一苦労だった。
この先暫くヴァリアーと絡む見通しも無かったので、それなら我侭で申し訳ないが十代目に頼んでヴァリアーの誰かと接触する任務を分けて貰おうと思った。スクアーロに会いたいならそこから突破口を開いたほうが良いというのは経験上良く分かっている。スクアーロと任務で絡みたいと言うとあちらの上司の眉間に皺が増え、下手をするとスクアーロの生傷も増えてしまうのだ。
十代目となった綱吉は自分の要望を聞くと、「じゃあここ」と地図を指差した。
「ヴァリアーの幹部が一人で仕事してると思うから手伝ってあげて」
剣士が欲しいって言われてたんだそういえば、と綱吉が溜息と共に付け足す。ヴァリアーの幹部なら気心知れたヴァリアー隊員と組んだ方が任務を行いやすいだろうにわざわざ綱吉に剣士を需求してくるということは、スクアーロや剣帝は別の任務でも抱えていて身動きが取れないのか。
「幹部?誰?」
「アルコバレーノ」
呪われた赤ん坊アルコバレーノのバイパーもといヴァリアーのマーモン、彼も出会った時から変わらない容貌をしている。赤ん坊は山本を見ると心底面白く無さそうに口を歪めた。
あのドンは皮肉を最悪の嫌がらせで返すんだなとぶつぶつ言っているのが耳に入る。
剣士が欲しいと十代目に求めたのは自分だろうに、山本のことを「最悪の嫌がらせ」とはどういうことか。
「スクアーロは忙しいのか?」
「何だ、知らないの」
雨が降っている。
「テュールだよ。剣帝テュールが帰ってきた。再び剣を取って」
一日降り続いた雨はいつもと違う色を見せていた。
「スクアーロが居なくなったから、テュールはスクアーロの代わりに剣を取った」
剣帝とスクアーロは倒し倒されただけの仲ではない。因縁浅からぬ二人はどんな決め事を交わしていたか。
「スクアーロはもう居ない」
何故スクアーロは「もう居ない」のか、何故彼の不在と同時に剣帝の帰還がなされたのか。
知りたいか知りたいなら教えてやろう。
「ただし高くつくよ」
子供の声はどこまでも冷徹で消して笑うことをしない。
山本が足元から視線を逸らすと雲の隙間からの日を受けて雨が金色に光っていた。
雨があのいつもの静かな冷たい色では無いことがこんなにも自分を焦燥させることを山本は初めて知る。
自分がいつも求めていた雨がもう降らないだなんて考えてことも無い。
雨はいつだって自分が望めばその通りに世界を銀色に洗い流していた筈だったのに。
ボンゴレの二大剣豪、山本武と剣帝テュール。
彼らを繋ぐもう一人の剣士はどうして痕跡もなく消えていった?
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