守護者を除けば、ヴァリアーのボスであるテュールに関しては控えの間をすっ飛ばし九代目に即謁見することが許容されている。
ボンゴレのドンの執務室のドアをテュールは使用人の手も借りず自分で開けた。
人払いはしてあるようだ、テュールが入室するやいなや目も合わせずに九代目は問うてきた。
「最近君に口調が似てきたという子供は元気かね」
「今起きたってよぉ。ってことはXANXUSも起きたかぁ?」
安堵したように息を吐く割に沈痛な面持ちで、そうだと九代目は小さな声で答える。
「俺んトコの、ヴァリアーの術士が」
「マモンと言ったかな?マーモン?」
「どっちでもいい。あれが相当気を荒立ててた」
九代目から術士への勅命は、XANXUSとスクアーロからある記憶を抜き取ること。できれば当人達には気付かれないまま。
九代目の側近の中にも術士は居る。しかしXANXUSの直感に気付かれないような遠隔操作が今回は必要で、そういうことが得意だったのがヴァリアーに居たためにその術士が今回借り出されたわけだが、としわかい健康な精神をいじくるのは術士への負担が大きい。しかも二人分、特定の記憶だけを取り出せとは。面倒な仕事である分報酬は九代目からふんだんに巻くし取っている筈だが。
XANXUSもスクアーロも若い――むしろ幼いとはいえ精神力がかなり強く、術に抵抗されるであろうことは想像に容易い。抵抗を抑え術を強くかけることになるので二人に後遺症が残っても責任は取らないとマーモンは口をすっぱくして九代目に念を押した。
とはいえゴーラとマーモンの機嫌が悪いのは、面倒を押し付けられたせいというより九代目からの勅命の内容が気に喰わないからだ。
XANXUSからスクアーロの、スクアーロからはXANXUSの記憶をなぜ取り除かなければならないのか。
「誰に対しても敵意めいたものしか示さなかったアンタの最後の息子が、六つも七つも年下の小さな子供に興味を持ち始めたことがそんなに恐ろしい…?」
いやそれ自体はさしたる問題でないと問われた男は答えた。
「問題なのはあの二人が出会ってしまったことだ」
まだぼんやりとしか分からないがと彼はあらかじめ付け足す。
「あの二人が一緒に居ては当人達は辛い思いをするばかりだ」
では記憶を消して引き離せば二人はしあわせか。
「それでも一緒にいたいと思ってのことなら辛かろうが良いんじゃないかねぇ」
そんなにXANXUSのことを思うならXANXUSとスクアーロを知る全員からあの二人が出会ったことを忘れさせるくらいのことをしてみせればいいのだ。
スクアーロのことだけをXANXUSに忘れさせた。他の事は残しておいた。そんな判断は極度の自己欺瞞にすぎない。
「そしてボンゴレを混乱に貶める。そうと知っていて彼らを放置しファミリーの命をむやみに失うことは私には許されない」
テュールは笑う。今のボンゴレ九代目は実に滑稽。
これから先は精々XANXUSとスクアーロが出会わぬよう九代目は心を砕くのだろう。
テュール自身、XANXUSがスクアーロに関心を示すなど思ってもいなかった。だがしかしXANXUSはスクアーロを構ったし、スクアーロはXANXUSに一瞬で陥落したし、スクアーロがXANXUSに近寄ることを当の本人が許している。あの癇癪持ちと言っても過言ではないXANXUSがだ。
まだまだ幼いスクアーロがこれから、どこか強い怒りを湛え続けているXANXUSを力の面でも精神面でも解放するというのなら確かに二人は脅威となる。10年、いやともすればもっとすぐ近い未来。
だから引き離す、お互いがもうお互いを探さないように記憶を削除した上で。
「これだけやっても」
お前はXANXUSのことを考えているかも知れないが、XANXUSの意思なんて考えてないどうでもいいんだろう。
「それでもまた出会ってしまったら?」
「それでも出会ってしまうのならその時は――――」
九代目への謁見を済ませヴァリアーへ戻る途中、テュールは術士へ連絡を取った。九代目から彼への指令には、記憶を消去された後のXANXUSの経過までを報告するという内容も含まれていたためだ。
「XANXUS様も経過に異常は見られないよ。契約内容だとあと40時間探ってなきゃいけないんだ。全く疲れちゃうね」
XANXUSは記憶を操作されたことは気付いているらしくかなり荒んでいるという。目が覚めたら五日が経過している上に頭の中に違和感を持ってれば仕方のないことだろう。
「ってことはスクアーロも気付いてるだろうなぁ。お前、抜いた記憶の上から擬似記憶でも詰めとけば良かったんじゃないの」
「そんな面倒なことしないよ。してもいいけど報酬は倍だ。……ねぇ、XANXUS様が起きた時」
マーモンの声が少し低くなる。
「…まだ誰かを探しているような顔をしていたけれど」
「それは九代目には言ったか?」
「まだ」
「じゃあ言わなくていいぜぇ」
それくらいの秘事は許されるであろう。
目覚めたスクアーロは頭から何か抜かれたような押さえつけられたような変な感じがするとテュールに言った。
幻覚でもかけられたか実験されたらしいと彼自身踏んでいるようだったが、そのことに関してテュールや近くにいたゴーラに何を聞くこともなじることもしなかった。
元々何が起ころうと妙に胆は据わっていたスクアーロだ。
それにこうなったことには何か理由があってのことで、もしこのことで何か自分の中が変わったのだとしてもそうなるようになっているならなるのだろうし戻るようになっているのなら戻るのだろうとスクアーロは考えている節がある。
諦めにも少し似ている変に達観したところがある子供だった。
だから強い意思でもって現実を打破しようとするXANXUSにスクアーロは惹かれ、XANXUSもまた全てを受け流す本能をもったスクアーロに何か思うところがあったのではないかと後年テュールは思う。
本能で剣を振るうスクアーロが、本能で人を殺すスクアーロが、XANXUSにだけは理性的でそのくせ執着していたからだ。
ボンゴレリングを得るために日本へ渡ったヴァリアーが門外顧問の徒に拘束されて帰還した折、テュールは一度だけスクアーロと言葉を交わすことが許された。
「またあいつと引き離されるかもしれないなぁ?」
「まぁ、な」
厚い壁と格子を挟んで、顔はお互い合わせられず声だけのやりとりだった。
「時間だとか死や誰かの悪意で離れることがあってもそのうちまた会えるさ。俺は何が何でもあいつを探すし待てってんなら待てるから」
これまでだってそぉだったろぉ。
ひょっとすると彼は記憶に残っているもっと前にXANXUSと邂逅していることを覚えている、もしくは知っているのではないかと思わせることをスクアーロは言ったが、テュールはそれについて何も問わない。
「そうだな」
テュールは少し笑った。スクアーロも笑ったようだった。